減農薬の方法論

 農薬を使う量が少ないに越したことはありません。農業の技術的な問題や経済的な問題がクリアされるなら、農薬を減らすことは可能です。どのような取り組みが成されているか、流通と農業技術の2点から見ていきましょう。

1、総論

 農薬を減らそうと思えば、減らした方が普通に農薬を使うのに比べてメリットがなければなりません。そのあたりを考慮せずに、減農薬の技術開発を進めたり、減農薬の市民運動を行っても、単なる理想論で意味が無いと言えます。ですから、減農薬について考えるなら、実際に作物を作っているのは農家ですから、農家にとっての減農薬栽培のメリット・デメリットを考えて、メリットを増やす方向、デメリットを減らす方向を考えなければいけません。

 なんの工夫もせず、単純に減農薬した場合について、下の表を見てみましょう。

通常の農薬使用
減農薬・無農薬

収穫量

増加
減少

収穫量の年次変動

安定
不安定

農作物の質(=価格)

向上
低下

農作業の手間と労力

減少
増加

農薬散布の手間とコスト

増加
減少

農薬散布する人の危険性

増加
減少

自然環境、土壌への悪影響

増加
減少

 この表の赤色の部分の欠点をおぎなって、青色の部分の利点を増やしてやれば現実的な減農薬栽培が可能となるのです。

2、流通

 減農薬栽培に普通栽培よりも高い付加価値を与えてあげる(=高い値段で買ってあげる)ことが出来れば良いわけです。

1)農家→消費者の直販(完成度B 将来性B)
 これは双方にメリットがある方法です。中間の業者を介さないので、その分のマージンが不要になるからです。特にインターネットの普及が追い風となり、取引は拡大しています。
 しかし、消費者が直販だけで欲しいときに欲しいだけ欲しい物を入手するのは困難であり、スーパーなど一般のお店と併用しなければならず、全てまかなうことは出来ません。
 農家は自分で客をさがさなければならず、その労力がかかります。農協に卸していれば永続的ですが、直販の場合はお客さんが永続的に買ってくれるとは限りません。また、農業は地域社会との連携も必要で、長年の農協や地域社会での慣習を破ることを避ける傾向があります。一般的に、春に植えて、秋に収穫するわけですが、収穫物を農協へ納入することを暗黙の条件に、春に必要な農業資材をツケで揃えているからです。必要な物資を先に現金で購入して、収穫物を売って現金収入を得るという経済体質(無借金経営)に農家が脱皮しなければなりませんが、それは一部を除いて非常に難しいことです。
 

2)政府が減農薬栽培に助成金を出す(完成度− 将来性B)

 減農薬により自然環境が守られるのであれば、環境保全のために国や県が使っているお金が、減農薬栽培農家に助成されてもおかしくはありません。しかし、今のところそのような話は聞いていません。今後、そういう動きが出るかもしれません。
 

3)消費者教育の推進(完成度C 将来性C)

 消費者が農産物を選ぶ基準は、価格が一番で見た目が二番です。傷のない形の整った果物や野菜、真っ白で黄変や傷のない白米を収穫するためには、多くの病害虫を防除しなければなりません。少々の傷や変色などを容認しただけで、減農薬が可能です。特に果物の皮を痛める病虫害を防ぐために使われている農薬は馬鹿にならない量です。
 ただ、日本の消費者がいまさら外観重視から脱却するとは思えず、実現は難しいと思います。数十年前の日本では、少々あたった果物の方がタナオチなどと呼んで、おいしいなどと言われていたのですが。
 

4)新農業基準法と農業法人化(完成度C 将来性A)

 新農業基準法が施行され、農業の法人化(会社)が認められました。従来の個人農業に比べて、よりシビアなコスト意識と安全意識が農業法人では求められます。よって、農薬の使用方法もプロによる無駄のない方法が行われると期待されます。
 

5)農薬行政の変化(完成度B 将来性A)

 農薬は登録制が取られていて、登録が取り消されると販売できなくなります。過去にもDDTなどが自然界への影響を理由に登録取り消しとなっています。現在、アメリカでは最も使用量の多い有機リン系殺虫剤に対する規制の動きが出ています。これら古い農薬は多くの利点がある反面、毒性が高かったり、投下薬量が多かったりなど、欠点もあります。それらが、登録を取り消され、結果として新型農薬の普及を促進し、農薬使用量の減少につながることは十分考えられます。

6)トレーサビリティ(完成度B 将来性A)

 トレーサビリティとは収穫物がどこでどんな風に作られたかさかのぼることが出来るかと言うことです。スーパーの店頭でトレーサビリティが確立されていれば、買う人は農薬使用量などを確認することが出来、農薬使用が少ない作物に興味が行くことでしょう。

3、農業技術

 農薬を使わずに病害虫や雑草を防ぐことが出来れば良いわけです。色々な技術が研究開発されています。

番外)単純に減らす(完成度− 将来性−)
 田畑や気候などの条件によっては単純に農薬を減らしても、特に問題が出ないこともあります。農薬は基本的に予防的に使う物ですから、病害虫が発生して減収するリスクさえ認めれば、減農薬は可能です。例えばリンゴでは年間15回ぐらいは農薬をまきますが、それを13回にしたとして問題がない場合もあるといった具合です。
 

1)新型農薬の開発(完成度A 将来性B)

 例えば水田での雑草防除に、昔は3回ぐらい除草剤をまいていました。現在の新型除草剤は1回の散布で同等以上の効果があります。しかも、昔は10アール(約300坪)あたり1回300グラムぐらいまいていましたが、現在はその10分の1程度ですんでいます。つまり、30分の1の農薬で水田の除草が出来たことになり、減農薬効果は大きなものになっています。新型農薬が開発されることが減農薬の観点からも期待されます。ただ、農薬の使用は農薬に抵抗性を持った病害虫の発生をまねき、新型農薬の開発とイタチゴッコになっています。その悪循環を断ち切ることは出来ないと思われ、新型農薬の開発にも限度があります。
 
2)発生予察の向上(完成度B 将来性B)
 発生予察とは、どのような病害虫がいつどこに発生するかを予測する技術です。これが完璧に出来るなら、病害虫を予防するためにまいている農薬を減らすことが出来ます。長年研究され、少しずつ進歩していますが、的中率は高いとは言えず、また、いくらがんばっても完璧な予察が出来るようになるとは思えません。
 

3)土作り(完成度B 将来性A)

 一部の自然農法(EM農法など)で、土作りで完全無農薬が出来たなどと宣伝していますが、ほとんどウソでしょう。しかし、化学肥料一辺倒では病害虫が多発することが経験的に知られており、牛やニワトリの糞を利用した有機肥料を使うことにより、病害虫の発生低減が期待されます。これは、農業における物質循環全体を考えても必要なことです。
 

4)天敵の利用(完成度B 将来性B)

 害虫が発生すると、その虫の天敵も増えます。天敵はカビや寄生虫であったり、鳥や魚の場合もあります。天敵により害虫が死滅してくれればいいのですが、実際はそうはいきません。害虫が増えてから、天敵は増えるので、その時間差が問題なのです。農薬使用と天敵の活動に関する研究を進めれば、最低限の農薬使用でその時間差部分を防いで、あとは天敵で防除するという可能性もでてきます。ただ、そういった研究はあまり進んでいませんし、地域や田畑の状態などにも左右され、かなり困難ではあります。
 

5)生物農薬の利用(完成度B 将来性A)

 天敵を人間の手でばらまいてやる方法です。現在、盛んに研究されていて、続々と実用化しています。いろいろと問題点もありますが、今後普及していくと思われます。【生物農薬】のページで詳しく解説します。
 

6)アイガモ農法(完成度A 将来性C)

 たんぼにアイガモを放って、雑草の新芽や害虫を食べてもらう方法で、カモのふんが肥料にもなるとも言われています。カモが逃げないように羽を折って、また犬などに食べられないように柵でかこっておく必要があり、カモが水田全体をまんべんなく廻ってくれないので、人の手で防除しなければならない場所も残ります。病気は守ってくれないのでその防除はしなければならず、成長後のカモの屠殺や販売などの手間もかかります。技術としては確立していますが、その手間やコストを考えると今後普及していくことはないでしょう。
 

7)マルチ農法(完成度B 将来性C)

 たんぼに段ボールなどを敷いてから、イネを植える方法。たんぼの土にフタをしているので、雑草は伸びることが出来ません。また、土中で越冬した害虫や病原菌も地上に上がることが出来ません。それ以外の病害虫は防除しなければなりません。直接土に日光が当たらないので、土の温度が上がらず、稲の生育が悪くなり数%〜十数%減収するというデータもあります。また、段ボールを敷くための専用田植機も必要で経費がかかるのが欠点です。
 

8)品種改良(完成度A 将来性A)

 病害虫に強い品種を開発することは、大昔から行われ多くの品種が開発されてきました。しかし、病害虫に強くても味が悪かったり、収穫量が少なかったりなど完全なものではありませんでした。最近になって、遺伝子組換え技術で望みの性質を作物に導入することが可能となってきました(遺伝子組換え作物)。応用はいろいろと考えられ、無限の可能性を持った技術といえるでしょう。市民権を得ることが出来るかがカギです。
 

9)耕種的方法(完成度B 将来性A)

 普通の作物を普通の畑に植えるにしても、時期や順番や方法を工夫することで病害虫の発生を減らすことが出来る場合があります。また、簡単な工夫で病害虫を防ぐことが出来る場合もあります。例えば輪作や混植などで効果が出る場合も多いです。
 

10)光の利用(完成度A 将来性B)

 黄色蛍光灯を利用する方法で、主に温室栽培のような密閉系で用いられます。夜も明るくすることで夜行性の虫の活動時間をなくしてしまう方法です。うまく工夫すると効率よく虫を減らすことが出来ます。しかし、植物も光によって昼と夜を判断して成長を調節しているので、それが狂ってしまう場合があり、ただ単純に黄色蛍光灯をおけばいいわけではなく、技術的に解決しなければならない点は残っています。具体的には植物が反応せず、虫だけが反応する色の光を開発する必要などがあります。

11)防虫ネットの利用(完成度A 将来性B)

 畑に細かい目のネットをかけることにより虫の飛び込みを防ぎます。網戸みたいなもんですね。防虫効果は非常に高いですが、ネットの価格が高いことや細かすぎるネットは作物に影を作ってしまい生育に悪影響を与えることなどが欠点です。
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